【映画】『レ・ミゼラブル』 新作映画批評 映画の仮面を被った本格ミュージカル

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At the Movies ~ Les Misérables, 2012

感想を書くのが遅くなってしまいましたが、年末に観賞した映画『レ・ミゼラブル』の感想。私が小学校の時に、体育館で小劇団が演じたのを見た記憶があるのですが、物語に触れるのはそれ以来かも。映画はイオン高崎で観ました。小さなスクリーンで、チケットを買う際にほぼ満席。前方の席しか空いてなくて、最前列での観賞。迫力はありましたが、字幕量が多かったので眼で追うのに苦労。終盤、泣いている人がたくさんいた。

内容は知らなくてもタイトルを知っている人は大勢いると思うので、復習までにあらすじを。

レ・ミゼラブル(あらすじ 映画ではなく原作の内容となる ウィキペディアより)

1815年10月のある日、75歳になったディーニュのミリエル司教の司教館を、ひとりの男が訪れる。男の名はジャン・ヴァルジャン。貧困に耐え切れず、たった1本のパンを盗んだ罪でトゥーロンの徒刑場で19年も服役していた。行く先々で冷遇された彼を、司教は暖かく迎え入れる。しかし、その夜、大切にしていた銀の食器をヴァルジャンに盗まれてしまう。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えたもの」だと告げて彼を放免させたうえに、二本の銀の燭台をも彼に差し出す。それまで人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は司教の信念に打ち砕かれる。迷いあぐねているうちに、サヴォワの少年プティ・ジェルヴェの持っていた銀貨40スーを結果的に奪ってしまったことを司教に懺悔し、正直な人間として生きていくことを誓う。

1819年、ヴァルジャンはモントルイユ=シュル=メールで『マドレーヌ』と名乗り、黒いガラス玉および模造宝石の産業を興して成功をおさめていた。さらに、その善良な人柄と言動が人々に高く評価され、この街の市長になっていた。彼の営む工場では、1年ほど前からひとりの女性が働いていた。彼女の名前はファンティーヌ。パリから故郷のこの街に戻った彼女は、3歳になる娘をモンフェルメイユのテナルディエ夫妻に預け、女工として働いていた。

しかし、それから4年後の1823年1月、売春婦に身を落としたファンティーヌは、あるいざこざがきっかけでヴァルジャンに救われる。病に倒れた彼女の窮状を調べた彼は、彼女の娘コゼットを連れて帰ることを約束する。実は、テナルディエは「コゼットの養育費」と称し、様々な理由をつけてはファンティーヌから金を請求していた。それが今では100フランの借金となって、彼女の肩に重くのしかかっていた。

だが、モンフェルメイユへ行こうとした矢先、ヴァルジャンは、自分と間違えられて逮捕された男シャンマティユーのことを私服警官ジャヴェールから聞かされる。葛藤の末、シャンマティユーを救うことを優先し、自身の正体を世間に公表する。結果、プティ・ジェルヴェから金40スーを盗んだ罪でジャヴェールに逮捕される。終身徒刑(=終身刑)の判決を受けて監獄へ向かう途中、軍艦オリオン号から落ちそうになった水兵を助け、海に転落。通算5度目となる脱獄を図る。

そして、1823年のクリスマス・イヴの夜。今は亡きファンティーヌとの約束を果たすためモンフェルメイユにやって来たヴァルジャンは、村はずれの泉でコゼットに出会う。当時、コゼットは8歳であったにも拘らず、テナルディエ夫妻の営む宿屋で女中としてただ働きさせられている上に夫妻から虐待され、娘たちからも軽蔑されていた。ヴァルジャンは静かな怒りをおぼえ、テナルディエの要求どおり1500フランを払い、クリスマスの日にコゼットを奪還する。

道中、後を追ってきたテナルディエを牽制したヴァルジャンは、コゼットを連れてそのままパリへ逃亡する。パリに赴任していたジャヴェールら警察の追っ手をかいくぐり、フォーシュルヴァン爺さんの協力を得たふたりは、ル・プティ・ピクピュス修道院で暮らし始める。母のことをあまり覚えていないコゼットは、ヴァルジャンを父として、また友達として心の底から慕い、愛し続ける。ヴァルジャン自身もコゼットを娘として、あらゆるたぐいの愛情を捧げる絶対的な存在として、彼女にまごころからの愛を注ぎ続ける。

フォーシュルヴァン爺さんの没後、パリのプリュメ通りにある邸宅に落ち着いたヴァルジャンとコゼットは、よくリュクサンブール公園に散歩に来ていた。そんなふたりの姿をひとりの若者が見ていた。彼の名はマリユス・ポンメルシー。共和派の秘密結社ABC(ア・ベ・セー)の友に所属する貧乏な弁護士である。ブルジョワ出身の彼は幼い頃に母を亡くし、母方の祖父に育てられたが、17歳のとき、ナポレオン1世のもとで働いていた父の死がきっかけでボナパルティズムに傾倒し、王政復古賛成派の祖父と対立。家出していた。マリユスは美しく成長したコゼットに一目惚れし、「ユルシュール」と勝手に名づけ、何も考えられないほど彼女に恋焦がれてしまう。

テナルディエの長女エポニーヌの助けを得て、マリユスは「ユルシュール」の住まいを見つけ、同じころ彼に惚れていた「ユルシュール」ことコゼットに、ようやく出逢うことができた。この出逢い以降、ふたりは互いを深く愛し合うようになる。だが、1832年6月3日、コゼットはヴァルジャンから、1週間後にイギリスへ渡ることを聞かされ、それをマリユスに話してしまう。ふたりの恋路は突然の別れという最大の試練に塞がれてしまった。

コゼットと、彼女に絶対的な愛を捧げるジャン・ヴァルジャンとマリユス――この3人を中心とした運命の渦は、ジャヴェール、テナルディエ一家、マリユスの家族や親しい人々、犯罪者集団パトロン=ミネット、そしてABCの友のメンバーまで巻き込んで、『悲惨な人々』(レ・ミゼラブル)の織りなす物語をあちこちに残していく。大きくなった運命の渦は、七月革命の影響で混沌のなかにあるパリを駆けまわり、やがて1832年6月5日に勃発する六月暴動へと向かってゆくことになる。

これは、ひとりの徒刑囚が偉大なる聖人として生涯を終えるまでの物語であり、その底を流れているのは、永遠に変わることのない真実の『愛』である。





これ聴いて、鳥肌立たないやつは人間じゃねー。
アン・ハサウェイ 夢、やぶれて I Dreamed a Dream
ミュージカル映画というジャンルムービー。未知の映画体験だったため、今もって評価が非常に難しい作品。なぜかというと台詞の9割が登場人物たちが歌を歌っていたから。そのためミュージカルと言うものに慣れていない人には摩訶不思議な映画体験が待っているはず。超有名な『レ・ミゼラブル』という題材だったことと、予告編のアン・ハサウェイの熱の入った演技に興味を惹かれ観に行った。

フランスの難破船をひっぱているスペクタクルな映像の冒頭シーンはカメラがゆらりゆらりと寄ってきて凄いシーンだったり、仮釈放の紙をびりびりと破いて捨て去るシーンとか凄いシーンはいっぱいあったのに、心が揺り動かされなかったなぁ。予告編のアン・ハサウェイの演技がすばらしかっただけに、なぜ?!

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まず立ち上がりで物語上では、死刑囚となっているジャン・バルジャンが置かれている過酷な状況、敵対するジャベールを早々に登場させジャンバルジャンの怪力をフランス国旗拾い上げのシーンで演出したり、序盤から見過ごせない場面が多い。

登場人物たちは概ね熱量高く演技が達者な俳優が集まっているので(なにせ演技しながら歌わなくちゃいけないので)非常に見応えはある。ここまで書いてきてわかるように物語の進行は完全ミュージカルの体(てい)をなしているため個人の感想で言うと観賞中に絶えず違和感が拭えなかった。物語は群像劇の割に誰が誰を好きで、誰と誰が敵対しているとか明快だしとてもわかりやすいが、全部心情まで歌で表現しているうえに展開がポンポンと躊躇なく次のエピソードに移っていくので感情が湧きおこらない。逆に物語の9割を占める歌はこの作品の肝。息遣いさえも感じさせる歌のシーンは、否定的な意見を躊躇させるほどに素晴い。ここは正直認めざるを得ない。

歌の部分は女性陣が奮闘、予告編で熱唱していたアン・ハサウェイの『夢やぶれて I Dreamed a Dream 』を筆頭に、叶わぬ恋に生きたエポニーヌを演じたサマンサ・バークスの『On My Own』などせつなさが歌に乗って伝わってきて恋に生きている女性ならばシンクロして涙があふれてくること必至。死の迫るジャンバルジャンを迎えにアン・ハサウェイ演じるファンティーヌが幽霊になってまで最後出てくるところなどもやり過ぎかも。アニメ フランダースの犬かよと、突っ込んじゃいました。エンディングの市民蜂起の大団円カーテンコール用なのでしょうけど。






ただ古典的ともいえる原作をミュージカルでやるのと、映画でやるのではやっぱりどこか違和感がある。画面が必要以上に緻密に作りこんであるのに加え、画面の演技を追いながら分量の多い文字も読まないといかない。だから観た後に頭クラクラして疲れ果てた。

結構、長尺の割にエピソードごとは唐突な踊りや歌のシーンで誤魔化されて前半のファンテーヌが売春婦にまで落ちる過程などは割愛されわかりやすく描かれていないし、コゼットとマリウスの恋路にしてもなんか入りこめない描き方なんだよな~。少年漫画じゃなくて少女漫画風なんだよ。執念深いジャベール警部が投身自殺する場面も監督が描きたいことはわかるが、それが映画の中で上手く表現出来ていたとは言い難い。ただ、間違いなく未知なる居心地の悪い映画体験が出来る映画なのは間違いがないし、周りが鼻水啜って泣いているのに妙に冷めた自分がいるのも新鮮でした。
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